武将たちが血のついた槍や刀を洗ったためこの名前がついた池があったところで、今は住宅街の公園になっています。また、隣接の交通児童遊園内には、武将が鎧をかけたとされる「鎧かけの松」が残されています。

長久手の戦いのとき、徳川家康の家臣らが血のついた槍や刀を洗った池。毎年合戦のあった4月9日に池の水が赤くなるという伝説がある。

公園の敷地下には、徳川方の猛将渡辺槍半蔵が槍を洗った池で、毎年命日(4月9日)には池の水が赤くなるといわれた血の池があった。園内の木陰下にはベンチも各所にあり夏の避暑に最適!手を加えていない散策路はスグレもの。隣接する町・交通児童遊園には、池田方片桐半右衛門勝忠が鎧をかけた「鎧掛の松」もあり。見慣れぬ標識もフレッシュ!

《貞享2年(1685)今月(4月)9日、長久手の小池、東の方半分ほど血に化し、水は下、血は上へ際を立流る、(鸚鵡籠中記前編)》

The pond in Chinoike Park is said to be the place where warriors washed their bloodsoaked swords after the Battle of Nagakute.